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2015-11

本日はいんすたやっておりますm(_ _;)m…

ということでっ、インスタやっておりますのでそちらをご覧いただけましたら幸いですm(_ _;)m…

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本日はここまで

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本日は連絡手段について思ふこと - 2015.11.28 Sat

ということで前回取り上げた「80年代」で触れた、


「ポケベル」。


あれはあれで味わい深いアイテムだったと思う。

場所を問わず送れる手段が数字のみで、情報を取り合う仲間同士と語呂合わせという一種の隠語で共有意識を持つというのはなかなか楽しいように思えた。

しかしながら、自分はあいにくその時代の人間ではない。

社会人としても外周りの営業職ではなかったので必要なく、結局生涯においてポケベルを持ったためしがない。

そう、前述したように自分は一つ世代前の公衆電話(緑)にテレカである。

タバコ屋の角にある赤電話に10円玉を重ねてチャリンチャリンしながら電話をするスタイルではない。

遠方に電話しているとカタカタカタッ、と赤いデジタル表示の数字が落ちていく時代である。

社会人にもなるとサービス業で連絡を取り合う必要もなかったので煩雑に連絡を取り合っていた時代とはやはり学生時代だろうか。

授業がハネた後(と終わった後のことをそういうのがシャレオツだった…)に飲みに行くか…と思えばストーンサークル(とは校内の庭にあった木を円環状に囲む石のベンチのある場所をそう呼んでいた)に足を向け、仲間がいれば飲みに行く。

「西武新宿駅の改札前に7時に集合な」

なんて約束をして一人遅いヤツがいると自宅に電話をかけ、

「S君いつ頃出ました?」

と親御さんに聞き、

その時間に出たら、大体この時間かな…

と推測する。

果てには本人であるS君が電話に出て

「悪りぃ、今起きた、すぐに出るわ」

とその時にようやく腰砕けな事態を知る。

「じゃ、いつものカチカチ山で飲んでるから」

と遅刻するS君には行き先を告げて先に集まった連中だけで店に行く。

ところがあいにく大きい宴会が入っていたらしく満席だったので比較的すいている「大都会」に行き先を変更する。

そうするとS君はその事を知らないので本人が到着する時間に合わせて改札まで迎えに行く。

ところがなかなか到着しない。

ようやく姿を現したS君に遅かった理由を聞くと

「いやぁ、ぴあ探しててさ、発売日から時間が経っていたからなかなか見つからなくて…」

などと堂々とのたまい、店に戻ると他の連中は出来上がっている始末…

なんて風景が日常ちゃはんじだったあの頃。

懐かしくも愛せる時代だったが

のどかな時代だった…

というには少し語弊があるかもしれない。

何しろ電話がなかった時代にはよほどの事がない限り電報は打たないから手紙が連絡手段のメイン、その時代の方がよほどのどかである。

70年代は赤電話に10円玉

80年代は公衆電話にテレカ

90年代はポケベル

00年代はガラケー

10年代はスマホ

じゃっ、20年代は?

自分もその通信手段に飲み込まれていくのだろうが懐かしさといったものは感じないと思う。

結局は友人と連絡を煩雑に取り合う10代後半から20代前半にどのようなツールを使ったのかで思い入れが違うのだろう。

本日はここまで
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本日は80年代について思ふこと - 2015.11.21 Sat

ということで前回取り上げた「EPO」もそうだが、音楽や車、アニメなど一連のサブカル(と、ひとくくりにしていいか分からないが(^ ^;)…)がどうしても一つの方向に向いてしまう。


「80年代」、


である。

80年代も後半はバブリーな時代であるがその破裂する直前のなんともいえない上昇志向の強い時代だったかと。

家電メーカーも車メーカーも元気があったし、我々はそんな発表されていく商品に目をキラキラさせていた。

でもっ、印象的なのはそんな理由というより思春期というヤツをその時期に過ごしたせいだろう。

それが10年遅れていたら90年代であり、ポケベルが自分にとって思い出深いアイテムだったかもしれない。

だけど80年代だからポケベルより公衆電話とテレカである。

といった次第で、ここ数年で自分の嗜好がそこにしか行かないことが判明。

時計や車、家電など手元に置きたいものの生まれが80年代だとものすごく愛着がわく。

現に最近身につけている時計はそれを彷彿させる(だから正確には違うのだが雰囲気があるので“良し”とする)デザインだし、自分としては一世一代で購入した車もギリギリ89年生まれ。

ちなみに寝室にあるラジオは小学生の時に買ってもらったものが現役として時々活躍しておりちょいとズレるが1979年生まれである。

そういった自分の価値観を一定にすることがいかがなものかという意見もあるかもしれないが自分にとっては一つの基準ができたことで却って気が楽だと思っている。

元気のあった時代に生まれてきたモノたち。

その時代を懐かしむセンチメタリズムなのかもしれないが、間違いなくこの国にあったあの特別な勢いは少なくても自分には元気をくれる。

大した人生送ってきたわけではないが、彼らを手にする事でふとあの時に立ち戻れるようなちょっとしたタイムマシンといったところなのかな、と最近思うようになった…

本日はここまで

本日は山と言えば - 2015.11.15 Sun

ということでっ、気がつけば…

5ヶ月以上の放置プレイ状態。

大変ご無沙汰しておりますm(_ _;)m

もはや見捨てられているのかと思いきやポツリポツリとご来場いただいているようでホント申し訳ないばかりです。

いやっ、ネタが全く持ってしてなかったわけではなく、

かといって、ブログで触れるほどのことでもないだろう…

といった次第もありましたが、最近SNSについて思うことがあり

「それは以前整理したはずだろっ」といったお声もあるかと思うが、

それから「更に思うこと」があり、

しかしながらそれをクドクド語るのも何だか


えせSNS評論家っぽい(- "-)…

ので割愛しようと思います。

とりあえず散文的に本当に気の向くまま更新しようと思うのでお付き合いいただけたら幸いです。



ということでっ、改めて今回のお題は

山と言えば、


EPO


である。

達郎は「海」。

要は車で流すBGMの問題である。

あれは中学から高校に上がる春休み、友人に誘われスキーデビューをした時にお世話になった宿泊先のペンションのオーナーで友人の叔父さんにあたる方の名言である。

その叔父さんは赤いセリカXXに我々を乗せ、山岳のコーナーをスムーズに駆け抜けながら年端もいかない若造である自分にサラリと言ってくれた。

80年代らしいポップな曲調にのせて透き通るような歌声という意味では達郎もありだが、その時目にした情景にはやはりEPOの方が似合っていた。

あれから30年。

気がつけばそこから南西に30キロずれた所に今住んでいる。

全ての光景が山岳道ではないが、あの時の情景にかぶることもある今の生活にもEPOは必要なのかな、と思ったのは


土曜の夜


だからか。



ちなみにまだEPOさんは現役でご活躍のようだが同じかほり持っているのが「土岐麻子」だろう、と思っていたら楽曲を提供していたのですね。

お二方ともヤマを走りに行くにはピッタリだと思う。

本日はここまで

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プロフィール

おでみつ

Author:おでみつ
軽井沢にて木工制作業をしています。
2児の父です
カミさんが怖いです(-o-;)…

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