
先日図書館で借りてきた本でございます。
昭和時代の洋館を掲載した建築集とでも言いましょうか。
帰宅し、何気にめくっていたらふと目に止まった建物が。
正確にいうと目に止まった邸宅の名前が。
旧刑部人邸
えっ?まさか…
竣工地を見て、
あぁ、やっぱりそうなんだ…
その方は友人の父親でした。
幼稚園が一緒だった友人とは母親いわく大の仲良しだったとか。
父親の仕事の関係で私は4歳から6年間この地を離れることになり、彼とは戻ってきたあと同じ小学校だったのですがクラスが違っていたこともあり何だか疎遠になっておりました。
それから10数年後。
木工なんぞに興味を持ち出すと自然と建築物にも目がいくものです。
近所とか歩ける範囲で少し脚を伸ばして自分だけの建築スポットなんかを持ち始めます。
当時住んでいた場所は坂の多い街でいくつかの場所に階段が設けられていました。
その中でも一番のお気に入りの階段の左手側に一軒の邸宅が建っておりました。
味気のない住宅街の中でその邸宅だけは木が生い茂り、昼間でも少し暗めの雰囲気を持っていて異質な感じでした。
そう、それこそがあの旧刑部邸!
ということではなく、同じ敷地に建つ刑部邸は刑部邸なのですが、掲載されていた建築物とは別のものでした。
しかしながら私は脇の階段を下りながらその傾斜地に建てられた建物の小さな窓を眺めていたものでした。
今どきの窓と違っていいなぁ…
壁の表情、色も手がこんでいるなぁ…
と自分だけの秘かな楽しみの一つ。
ちなみにこの階段の左手側はあの「放浪記」の著者、林芙美子さんの旧邸宅(今は林芙美子記念館)。
この本にはこの邸宅も掲載されてました。
う〜む、今さらながら思ったのはあの階段、なんと濃い〜空間だったのでしょう(-_-;)…
そして更に10年後。
昨年帰省した際、母親から聞いたのですが、どうやら旧刑部邸とその別邸が取り壊されたとのこと(正確には2006年4月)。
あぁ…
もうなくなったんだぁ…
あの坂道を降りるとき、
左手側、少し上向きに顔を上げてみていたあの窓
もう見れないんだ…
あの時、本当に残念な気持ちになりました。
この本が発行されたのは2003年。
それから3年後の2006年にこの洋館は消失。
今年、帰省した際にはあの階段に行ってみようと思っておりますが、それは残念な気持ちを再度確認しにいく作業なのだけでしょう…
本当に素敵な窓でした…
そういえば、あの友人、今頃は何をしているのでしょうね…
ということで依頼者から返信が来て、昨日より仕様などの再検討を行う地道な日々でございます。
本日はここまで
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バスッと一押しいただけると幸いですm(_ _)m。


この記事に対するコメント
承認待ちコメント
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実名を出されておりましたのでブログ上でのUPは控えさせておきましたm(_ _;)m。
コメントありがとうございました。
当時の○中のバスケ部がそんなにハードな練習をされていらっしゃったとは…
必死に何かに打ち込んでいる時代に見えてくる“ながめ”とか思いをつたえた“ことば”とか聞こえてくる“うた”とか若き日に感じた多くの貴重な思い出…
その時のことは今でもフラッシュバックのように新鮮によみがえってくるのですね。
私はあいにくと必死に生きてきたこともないトホホな人間でございまして、○合での思い出というのも鮮明に記憶しているものがないのです。逆になぜかこの年になって帰省するたびに時間がある時、思い出はないのか?と近所の散策などをたまにしております。
坂の多い○合は、やはりハッとする素敵な光景と出会える町だと思っております。環状線の拡張工事など年々大きく変わっていく様は仕方がないこととは思いつつもやはりさびしいものです。
だから時間の許す限り子供達にも私が育ったこの町を見てもらいたいと思っています。
こんなトホホブログではございますが、折に触れて自分が育ってきた町についてもUPしていきますので本当にヒマな時に遊びに来てください。
長くなり失礼しましたm(_ _;)m。